追悼の花




ざざん――――と足元に波がよせては引いていくのを、兵部は無心で眺めていた。

 夏のすべてが、あの日のことを思い出させる。
 うだるような暑さも、焼き付けるような太陽も、高く高く広がる空の青さも、質量を持ったような白い雲も、なまぬるい風も、海のにおいも、水しぶきの輝きも、夏を思わせるものはすべてがあの日の記憶へとつながっていった。


 風が髪を乱すのもいとわず、立ちつくす。サンダルの足先を冷たい潮水がぬらした。

 砂浜にはパンドラの人間の他に人影はない。遠くで澪や葉や真木たちが騒ぐ声が聞こえる以外には、鳥の声や波の音が繰り返されるだけで、辺りは穏やかで静かなものだった。
 
 兵部は手にしていた一輪の百合の花を、海に投げ入れた。それは風にあおられふわりと水面に落ちると、すぐに波にさらわれ、沖の方へと漂っていった。


「オイ、キョースケ、何シテルっ」
 やたらと甲高い声が近くでし、物思いにふけっていた兵部がハッと顔をあげると、うす茶色の毛をした飛行物体が頭に降ってきた。モモンガの桃太郎だ。
桃太郎は勢い止まらずべしんと兵部の顔にぶつかり、何故かそのままへばりついた。小さな爪が両耳をつかんで痛い。
「なんだ、このげっ歯類。僕の邪魔をするな」
 兵部はむんずとつかみ、自分の顔からひっぺがした。
「オマエ、何カ変ダゾ」
 きょとんとした愛くるしい表情で、モモンガは兵部を見つめる。
 兵部は自嘲するような笑みを口元に浮かべた。
「僕だってまだ、人の死を悼む気持ちは残ってるのさ」
 ひとり言のように言ってって兵部は、白い花が流されていくのを見つめた。

 そうして、海の彼方に消えていった仲間を思い、己が犠牲にしたすべての人々を思った。

 あの戦争で、死にたくて死んだ奴はひとりもいなかったし、殺したくて殺した奴もひとりだっていなかった。

 それは、己の運命を変えたあの男でさえもそうなのだと、額の古い傷にふれながら兵部は思った。




2008/8/24

back