バス停の簡易な屋根の下へ、傘を持たない二人は大慌てで駆け込んだ。
空から降るしずくがトタンを叩き、うるさく音を奏でる。


平日の昼間。
こんな時間は人気がない。
にわか雨に濡れた紫陽花がひっそりと咲いていた。



頭から足元まで、全身濡れねずみだ。
制服のズボンは色が変わり、ワイシャツは体に張りついて、肌の色が透けている。
靴の中まで浸水されて、歩くたびにちゃぷんと音がした。


古市は水滴のしたたり落ちる前髪をかきあげた。
「なぁ〜にが『今日は傘はいりません』だ」
今朝のテレビの天気予報を思い出し、不快を顕わにして言った。
ハンカチなどというお上品な物は持ち合わせていないので、濡れたシャツの袖で顔を拭く。あまり効果はない。
「予報なんてあてになんねぇって」
あまりの大雨に、腹が立つよりも男鹿は愉快になっていた。濡れるのも悪くない、と一人 けらけらと笑う。
「ちっともおかしくねぇ」
すねる子供のように古市はぷいっとそっぽを向いた。
その様子がさらに笑いを誘って、男鹿のおかしさは何だか止まらない。
「いいじゃん。たまには楽しいだろ、こういうのも」
「いいわけあるかよ」
古市は肩からスクールかばんを下ろし、両足の間にどさっと置いた。

バスは来ない。
時刻表を確かめると昼間のこの時間は三十分ごとの運行だ。
先ほど出てしまったばかりだから、しばらく待たねばならなかった。


通りには車も人もない。
静かな道路を二人は黙って見つめていた。

「もう二度とサボらねぇ」
不意に古市がぽつりと呟く。
「あん?」
「てめぇが連れ出したからこんなことになったんだ」

学校を抜け出し、制服のままで町をうろついていたところへにわか雨に降られたのだ。
そして慌てて帰ろうとバス停へと走った。
後ろめたいだけに、神様からの罰としか思えないタイミングだった。


「またお前は俺のせいか。かったりィって言ったの古市だろ」
「だからって誰も遊びに行くなんて言ってねぇぞ」
「なんだよ、ノリノリでついて来たくせに」

言い合ううちに、いつしか雨は小降りになり、空が明るくなっていく。

お天気雨だ。

「あっ」
古市は思わず声を上げた。男鹿の袖を引く。
「おい、あっち」

そうして指差した先にあったのは……。

「おー」
と男鹿が歓声をあげる。雨を降らしながら白ばむ空に、完璧な半円を描いた虹色の橋がかかっていた。古市はにわかに機嫌を取り戻す。
「よかったな、男鹿!」
「ん? うん」
「虹って太陽の反対側にしか出ないって知ってたか」
「ふーん。そんならサボって正解だな」
「なんでそーなる」
「うちの校舎、南向きだろ。教室にいたら見れなかったぜ」
「まあ、そうかもなぁ」



end

2010/06/24 数年前の某作品のスーパー焼き直し。