デートと彼女 前編

あいつのせいで、オレの苦労が水の泡だ。


「古市くん」

それは、試行錯誤の末、ようやく彼女と取り付けたデートの日だった。
休日の晴れた朝。
一体彼女はどんな私服で来るのだろうか、と妄想、もとい想像しながらルンルン気分で駅へ向うオレの目の前に現れたのは、スカートを颯爽と翻す女の子ではなく、むさ苦しい学生服を着た野郎どもであった。
本当なら、この日一番に聞く「古市くん」という言葉は、彼女のかわいらしい声であるはずだったのに、どういうわけだか野太い男の声になってしまい、オレのテンションは一気に落ちる。しかも奴らと来たらオレの見知らぬ連中である。それなのにオレの名前を知っている。
何故というのは愚問だ。いかにも不良然とした格好の学生服の連中、というだけでも大体の出所は知れた。言うまでもなく、男鹿関係である、絶対。
無視するのが一番、と心得ていたのだが、奴らは案外しつこかった。
四方八方を取り囲まれて進路を阻まれてしまっては相手にしないわけにもいかない。
「どちらさんで」
仕方なく口をきいてやった。

「ちょっと来てくれる?」
にやにやしながら一人がオレの肩をつかんだ。いてぇんだよ、馬鹿力め、と内心毒づいたが、それをそのまま口に出す勇気のない所が、我ながら情けなくて笑ってしまう。
「ちょちょちょ、何すか。今オレ、人と待ち合わせしてて……」
「いいから、いいから」
 一応それなりの抵抗を試みてみたが、やたらめったらな力で有無を言わさずズルズルと引きずられて行く。彼女との待ち合わせの時間は刻一刻と迫っていたのに、駅の方向とは逆行している。初デートで遅刻なんて、まったく最悪だ、冗談じゃない。
「離してくださいよ!」
渾身の力を込めて男の腕を振り払う。その拍子に、爪が男の顔をかすった。本来なら大したことではないが、それだけで急に男は逆上した。
「ああ? 何しやんがんだてめェ!」
傷なんてつかなかったけど、にやにやしていた男は一変して、ものすごい険悪で凄んだ。
本能的に、あ、これはやべーぞ、と悟る。こういう連中に絡まれることは少なくない話で、殴られ蹴られのボコボコにされたことだって数えきれん。おかげさまでオレは、そいつらが、ただいきがってるチンピラか、それとも本当にヤバイのか、大体の判断がつくという特技を身につけてしまっていた。まったくいらん能力である。
ヤバイとなったら逃げるが勝ちだ。男鹿じゃないんだから、まともにやり合って勝てるわけはない。勝てない勝負は挑まないのが賢い。
オレはとっさに連中の隙をついて走り出した。後ろには数人がかまえていたので、前へすり抜ける。あ、これじゃ来た道を戻ってんじゃねーか、と思ったが、追いかけられて、何も考えられなくなり、後はひたすら走るだけだった。
 人のいる場所まで出てしまえばこっちの勝ちだ。まさか人目のある場所で白昼堂々絡むまい。
逃げて逃げて逃げまくって、見つけたコンビニに駆け込んだ。
ゼーハーしながら振り返ると、もう追いかけてくる姿はなくなって安堵する。と同時に、冷静になると腹が立ってきた。

ああ、もうチクショー! なんなんだ!

人知れず悪態をつきながら、店内を物色する。何か飲み物が欲しかった。ペットボトルを買って店を出た所で、はっとしてポケットに手をつっこんだ。慌てて携帯電話を取り出す。
待ち合わせの時間はとうに過ぎていた。
やっちまった! とオレは焦って彼女に電話して、今さっき走って来た道を再び走り出した。

ちなみに、その日のプランは映画→ご飯→街中ブラブラ、という予定であった。
彼女は待っていてくれたが、映画は待ってはくれない。オレの遅刻でうっかり映画を見損ねたため、あてどなく街を散策をして、お昼を食べた。別段しゃべることもなく、よっぽど気まずかったのか、そこでデートはお開きとなった。

こうして彼女との初デートは見事におじゃんに終わった。

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2010.05.29