君だけ


朝の7時と言えば、社会人はすでに活動している時間かもしれない。しかし惰眠をむさぼっていたい高校生はまだまだ夢の中にいる時間だ。

それなのに。

「朝でございます」

どっから出て来たのか、枕元におおきなオッサン、もといアランドロンが立っていた。
「んあ!?」
びっくりする。何しろ、音も気配もなくそこに現れるのだから。寝ぼけているから、なおさら急に出て来たような感じがする。
「朝でございます」
アランドロンは同じことをもう一度言った。それがどうしたというのだ。
また何かあったのか、と心配になる反面、このまま寝かせておいてくれないだろうか、と願った。無理だろうけど。
「起きてくだされ。男鹿さまがお呼びですぞ」
オレの願いはあっさり砕かれ――アランドロンがパカッと割れ、オレは愛しい布団から引き離され、そこへ飲み込まれていった。


送られた先は男鹿の部屋だった。
「おはよう、古市くん」
アランドロンから、ごろん、と吐き出され、逆さまにひっくり返ったオレを、男鹿がさわやかな顔で見下ろしていた。意識を夢の中に置いて来ようと一生懸命なオレは、無理矢理現実に引きずり下ろされ、男鹿のさわやか〜な笑顔が頭に来た。
「男鹿ァ……何だこれ。ふざけんな、てめぇ……」
オレがドスをきかせたって男鹿の半分の迫力もないんだが、それでも怒らずにはいられない。オレの安眠を返せ!
「早起きは三文の得って言うだろ」
男鹿はけろりと言う。思ってもいないくせに。
「ふざけんなよ、お前! なんでこんな起こされ方されなきゃならねーんだオレは!」
「電話しても、無視しただろ」
「するわ! てめーからのモーニングコールなんて目覚めが悪すぎるわ!」
そう、ここ最近よく男鹿から電話がかかって来ていたのだ。それも早朝(当社比)に。
だから、あんまりうるさいので鳴らないように設定してやったのだ。
そうしたら今度はアランドロンか。

「ふざけんな!」
一体何が目的だ!
男鹿に目掛けて、オレは手元にあった枕を投げつけた。男鹿はそれをキャッチすると、逆ギレして投げ返した。
「寝てられるもんならオレだって寝てたいね!」
「じゃあ寝ろ! そしてオレを起こすな!」
「だけど、ヒルダが寝かせてくれないんだからしょーがねーだろ!」
「うるせぇ! 知るか!」
枕はオレと男鹿の間を行ったり来たり。
それを見て、ベル坊がきゃっきゃと喜んでいる。
男鹿は意味のわからん言い訳を続けた。
「ヒルダのヤローが朝早いんだよ。ベル坊を起こしに来るだけならまだしも、オレも一緒に起こされるんだよ! そんなに早く起きて何してろって言うわけ? 暇じゃんか。だからお前もオレの暇に付き合え!」
おい、なんなの、その暴君のような主張は!
「だから何でオレがおめーにつきあわされなきゃいけねーんだよっ!」
「うるせー! オレにはおめーしかいねーんだから!」
男鹿が思い切り投げつけた枕は、オレの横を通り、
「あ、」
ぼすん、とアランドロンの顔に命中した。
「いいいじゃありませんか」
アランドロンは枕を抱え、おもむろに言う。
「彼にはあなたしかいないんです」
「はぁ」
なんだか妙な諭し方なような気がするが、不思議にストン、と怒りは落ちた。
「うん、そーだそーだ! だからいいじゃないか」
男鹿が腕を組んでふんぞり返っている。
「アダー!」
ベル坊が、謎の雄たけびを上げる。

え? 何これ?



オレにはおめーしかいねーんだから

男鹿の言葉を、もう一度反芻してみる。

うん、まあ、悪くはないな。
悪くはないけど。

……やっぱ、そんな言葉で騙されるかァァァ!



end

20100526